L字カウンターの角に座った。
私の左隣には彼氏。
私の右斜め前に「付き合ってないけど今夜あわよくば一発」といった気合を発する年若い乙女と、あんまりその気はなさそうな、ちょっと顔のいい青年。
普通においしいお寿司屋さんだった。
お寿司もおいしいけど、その他のアラカルト的なものが特においしかった。
私にはよく分からないけど、日本酒も豊富に取り揃えているようだった。
私も彼氏も「うまーい!うまーい!」と喜んで、いっぱい食べた。
でも、食べた物の味より覚えていることがある。
右斜め前に座ってた、ちょっと顔のいい青年の話がむちゃくちゃに面白くない。
これだ。
連れの乙女はその顔面に惚れているのか、
どんなに笑いどころがない平坦なクッソつまらない話にも、
微笑みとうなづきと耳触りのいいサシスセソで対応していた。
私は恐怖した。
「話のつまらない男」というものの存在は知っていたし、
時には自分の彼氏に対して「つまんねぇな!」などと毒づくこともあった。
私は心の底から彼氏に謝りたい。
っていうか、わりと本気で謝った。
「話のつまらない男」というものを、私は何も分かっていなかったのだ。
怖いと思った。
こんなに話がつまらないのに、シャバで生きている人間がいるんだって。
信じられなかった。
「バーベキューでホタテとかを焼いて、しょうゆをたらしたら凄くおいしい」
「サークルで人をまとめたりしていたけど、人をまとめるのは大変で、
苦労したけど、自分なりに頑張って人をまとめていた」
こういう話を「すべらない話」みたいな雰囲気で話していた。
嘘だろ?と思った。
聞き間違えか? まだ続きがあるのか?
聞き間違えてもなかったし、続きもなかった。
こんな話をされたら、私は自分の部屋には年に5匹はダンゴムシが這う話とか、
ついには芋虫が這ってた話とか、ゲジゲジと泣きながら戦った話とか、
なんかそういう虫縛りの話で茶という茶を濁していくと思う。
相手に喋らせない。
それくらいしか私にはできない。
乙女は、うっとりとした表情で延々つまらない話を楽しそうに聞いていた。
恋って怖い。
正気に返ったらあの子、あの男をタコ殴りにしちゃうんじゃないかな。
それくらいつまらなかった。
私はその時が来たら、彼女にそっと5番アイアンを手渡そう。
それくらいしか私にはできない。
そんな考えに至った頃、初見では「ちょっと顔のいい青年」だった彼は、
「話のつまらない男」以外の何者でもない存在になっていた。
店を出たあと、私は彼氏に例の男女の話をした。
しかし、席の位置の問題なのか、彼氏には全然声が聞こえてなかったらしい。
悲しい。
あのつまらなさをシェアしたかった。
そして、あのつまらなさを昇華したかった。ぴえん。
思わず覚えたての若者言葉をぶち込んでしまった。
ちなみにこのお寿司屋さんの話は、数年前のこと。
忘れないために書き残してみた。
あのつまらなさを少しでも誰かとシェアできますように。ぴえん。